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被災地でのお話

Category : Diary

3月22日、夜行バスに乗り込み東北は宮城県。
津波の被害がひどかった閖上地区へ笑顔プロジェクトという名前でボランティアへ行きました。


<写真は少し加工してあります>



23日、桜団地という仮設住宅の団地へ。人が住んでいるのかと疑うほどシンとした静けさだった。
ボランティアメンバー17人とイベント会場を作る。
縁日と読み聞かせ、伝統工芸の箸の沈金。
私は縁日の受付担当だった。

1日目 入口

受付。


本達


集めた絵本を被災地の子供達にプレゼントする、という案からこのプロジェクトが始まった。



千本釣り


「どれを引っ張っても当たりが出るよ、さぁさぁ、何が当たるかな?」

父の声が大きくこだましていた。



ヨーヨー


水ヨーヨーは屋台の中でも一番嫌がられる仕事なのである。

何が大変って、水ヨーヨーを作るのがそれはもう労力がかかるのだ。

何度も失敗しては水を撒き散らした。


スーパーボール

「ほらみて!」

そういって子供達はスーパーボールを沢山手に持ってはドボンと落とした。

飛び散る水しぶき。こやつら・・・・って思ったけど、かわいいもんだった。


射的

男の憧れ、射的。

「おにーちゃんバイトさしてよ!」

小学3年生くらいの男の子が番をしていたおにいちゃんにせがんだ。

無論、遊びたいだけ。仕事をしつつも気が付いたらずっと射的をしていた。


わたがし

「懐かしいねぇ、旦那の分もいただこうかしら」

おばあちゃんが嬉しそうにわたがしを受け取る。

受付をすっぽかしてずっと私が番をしていた。

子供からおばあちゃんおじいちゃんにまで愛されるわたがしの味は、一日中口に残っていた。



こどもたち


「おねーちゃんたちまた来てよね」

バイトをしてたやんちゃ坊主達が、最後の最後まで、見送ってくれた。

とびきり良い笑顔だった。

「おばちゃんまたね」

生意気なもう一人がいじわるくいった。

「ちゃんとねーちゃんにも名前があるんだよ!」

スタッフプレートを見せると、坊主はニカッと笑って去っていった。






翌日24日、場所を変えて同じ縁日、読み聞かせ、伝統工芸コーナー。

あれほど雪だ雨だといっていたのに、驚くくらい快晴だった。



夜は、どんちゃん騒いだ。

宮城と言えば牛タン。場所は利久、名取店。

分厚い牛タンとみんなの談笑が美味だった






翌25日。

実際津波の被害にあった閖上地区の海岸付近に行った。


衝撃だった。

何も、無かった。

言葉の通り、本当に、何もなかった。


閖上地区


その地区では一番高い地でも9m程度(上の写真がその丘)

津波が来た後、民家の屋根が乗っていたらしい。

そこに避難した人々は、恐らく流されてしまったのだろう。


丘から見える風景は、どこまでも「無」だった。

丘を覆っていた緑も、民家も、全て、全て流されてしまった。


以前の姿を知らない私には、当時の賑やかな町が、想像ができなかった。




その後、バスで3分ほど行った所にある、閖上中学校を訪問した。

とても、静かだった。



倒れこむ


倒れこむロッカー。

起きる事は、ない。


校庭


校庭と思われる場所には、3艘の船がポツンと、いた。



泥だらけの教科書



泥だらけになった教科書



泥と網と教科書と


とにかく、泥。泥だった。

流れていたものがおさまり、そこに、時と共に止まっていた。



一人ぼっちの椅子















黒板のメッセージ



震災当日、中学校は終業式だった。

昼前に自宅へ戻っていたため、避難に時間がかかった。




中学校では、14人の生徒が犠牲になった。



卒業生や在校生は、この場所に来る度、この黒板にメッセージを書いていくという。






石碑


その14人の名前が彫ってある、石碑。

「ここに来たら会えるの。みんなに。」

そういって同級生は一人の一人の名前に触れて、手を合わせる。


それを見て泣く親に


「なんで泣くの?こっちは14人も友達亡くして、もっと悲しいんだよ」


「前に、進もうよ。泣いてたらきりがないから」


そう言ったそうです。



強い。強いよ、子供は。













止まった時計



2時46分で止まった学校の時計




あの日、何が起こったか

何があったのか、まったくわからないまま1週間が過ぎて行った



あの日、何ができたのか

何もできないまま、月日がたった。

やっと動けたのは、夏の事だった。被災地の子達を迎え入れ、ホームステイのボランティアをした。

それでもまだ、津波があったこと、地震があったこと、

家が、家族が、すべてが壊れてしまった事は、どこか他人事だった






現地に行っても、少ししか実感が出来なくて。

あまりに非日常の世界だった。

自分の何百倍も辛い経験を被災地の方々は体験した。

その事実が、今回の体験で改めて、わかった。

風化させてはいけない現実と向きあって





みんなの後ろを




私たちは、歩きださなきゃいけない。

若い自分の世代も、社会人も、おっさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃん

みんなみんなが、前に進んで、支え合って生きて行かなきゃいけない。


今の自分に出来る事は、みんなの後ろを照らす事、背中を押す事



抑える事のできない自然の脅威といかに共存していくか

人類の究極の目標だと思う。

自然を殺す現代社会に、どう立ち向かえばいいのか

私は将来がとても不安である。


それでも、時は流れる

豊かな自然 恵みの自然

技術や科学の進歩

それらを、もっともっと考える必要があると思う




どうか、どうか忘れないでいてください


天災の被害に遭った人々を


どうか、どうか忘れないでください


自然と向き合う事を






この素晴らしき世界と共に、生きて行く事を












...最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
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